頭がいい人は「分かりやすい説明」をする時、何を考えているのか

「頭がいい人は、難解なことでも分かりやすい言葉で説明出来る」みたいな信仰というか、都市伝説というか、聖闘士の伝承みたいなテキストが時折観測されるんですが、みなさんご存知でしょうか。

「頭がいい人 説明」とかでぐぐってみると、いろんなページが引っかかりますよね。

私、あれちょっと違うというか、色々誤解されてるなあ、と思っていまして。

正確には、「頭がいい人は、相手に説明をする目的と、相手にどこまで理解させる必要があるかを見極めることが上手い」というべきなんじゃないかなあ、と。そんな風に考えているのです。

昔、私が今とはまた違う職場にいた頃、一人「すごく説明が上手い人」が同じ部署にいました。彼のことを、仮にTさんと呼びます。

Tさんはエンジニアで、私よりも十年くらい先輩で、当時その職場に参加したばかりだった私がいたチームの、チームリーダーにあたる人でした。

私がその頃いた職場はユーザー企業でして、しかも元々が営業系の会社なので、偉い人の中にシステムに詳しい人がいなかったんですね。その為、新プロジェクトの立ち上げであるとか、新しい技術・製品の導入の際、予算を確保する為にかなり気を使って技術説明をしなくてはいけないのが常でした。

やったことがある方はご存知だと思うんですが、「システムを全然知らない人」の為にシステムの説明をすることは極めて困難です

システム用語、通じません。前提知識、ありません。工数感、伝わりません。

めっちゃ怒られているのがテレビで放送されてしまった

何ヶ月か前、ある人にめちゃくちゃ怒られたことがあって、その時の映像が某国営放送で、この前の日曜日に放送された。

まあ、炎上するだろうなと1ヶ月前から憂鬱だったのだが、ネットを見ると予想以上に燃えまくっていた。特にコメントをするつもりはなかったが、知り合いからも、「かわんごさん(仮名)が正しいと僕は思っているから」というような、よくわからない励ましのメッセージがたくさん来るので、一言、ここで書いておこうと思う。

まず、あのシーンにおいて、どちらが正しいといったことはないと、僕は思っている。それぞれ違う考え方、違う感じ方を持つ別々の人間であるというだけの話だ。

事実としてあるのは、僕が「ある人」を不快にさせることを、「ある人」のテリトリーでやってしまったということだ。それについては全面的に僕の失敗であり落ち度だ。

そもそもあの場はなんだったのかというと、CGの世界でどういう技術が開発されようとしているかを知って欲しかったからだ。放送で使われたのは、自社で作った映像の一部が映っていたが、実際は他社も含めた事例紹介の中の一部が切り取られてテレビには放送されたわけだ。

おそらくは否定的な反応だろうというのは事前から予想はしていたが、まあ、なんらかのヒントや刺激になれば十分だぐらいに思っていたのだが、想定していたよりも、かなり、めちゃくちゃ怒られた。

さて、放送されると炎上するだろうというのも予想していたわけだが、こっちの方も想定以上にネットは燃えた。事前から分かっていたのに、なぜ、あのシーンを放映することを許可したのか。事実をいうと一旦、断った。当たり前だ、なんの得もない。

アンジャッシュのコントみたいに会社を辞めた女の子の話

私が前に勤めていた会社の話。

会社は、Web制作会社でした。クライアント企業からサイト制作を承る、どこにでもあるちっぽけな受託の会社です。

そこに、中途採用でデザイナーが入ってきました。まだ若いけれども、前職でもWebデザインをしていたという女の子です。

その子をAさんとします。

Aさんは、即戦力として期待されていましたが、まだ若いということもあり、会社のローカルルールなどにも慣れてもらうため、

教育係がつくことになりました。それが、当時デザイナーチームの中でもトップクラスの実力を持つ、年配の(多分40代)女性です。

そのベテラン教育係の人を、Bさんとしますね。職人肌で、黙々と自分の仕事に取り組み、いつも良いデザインを仕上げてくれるプロフェッショナルです。

さて、Aさんは入社1週間も過ぎ、順調に仕事をこなしていました。実はこの会社は過去に未経験者を多く取りすぎてしまい、

ろくに教育も出来ないのに仕事を押し付け、うまく仕事が回らなかったという反省がありました。

(あまりの無茶振りに、9割ぐらいの採用者は退職してしまったのです)

そんなこともあり、経験者のAさんには期待も集まり、周囲は「久しぶりにようやくまともな人が入ってくれた…」

とほっと胸をなでおろしたものです。

ただ、Aさんはちょっと独特な感じの人でした。

良く言えば「ふわふわしている」、悪く言えば「不思議ちゃん」な感じです。

もちろん仕事はおろそかにしていなかったですし、業務遂行上のコミュニケーション能力は、何ら問題ありませんでした。

しかし、その性格が後に仇になろうとは…

35000人の前で人生最大のピンチに陥ったB’z稲葉氏を見れて良かった

すごいものを見た。誰もがそう思っただろうと思う。

B’zの30周年ライブ in 福岡。

一曲目で所々声が出ない稲葉氏。素人が見てもあからさまに調子が悪い。

でも、認めようとしないかのようにいつものようにシャウト。しかし、すればするほどガラガラ声に。

例えるなら、俺が酒飲んだ後にB’z歌う時みたいな声になった。

B’zファンは稲葉氏のストイックさに誇りを持っていたので、まずそこまで事故レベルの調子の悪さに唖然。

稲葉氏の顔は青ざめる。しかし、歌うのをやめることは絶対にしなかった。お約束のCDよりかなり手数の多いシャウトもサボらなかった。声はガラガラだが。

そのため、ファンはそのガラガラ声のまま、3曲聞いた。

会場は暗転して、どよめいた。

稲葉氏には稲葉氏が全て、というような女性ファンがたくさんいる。彼女らは既に40-50代であることも多く、体も強いとは言えない。

そもそも会場が非常に蒸して暑かった。そのため、心労と重なりバタバタ倒れ、何人もの女性が運ばれていた。

暗転は10分以上続き、誰もが「今日は中止」と思った。

しかし、稲葉氏がステージ上に現れた。そして稲葉氏はこう告げる。

「声の調子が良くなくて、聞苦しい声になってしまい本当にごめんなさい。正直なところ、このまま聞き苦しい声とならない状態でライブを続けられるかどうかは自信がありません。だから、皆さん僕が歌えるかどうか厳しい目でジャッジしてくれませんか。こんなことは初めてで、本当にごめんなさい。もしまた聞き苦しい声になってしまったら、その時は必ず埋め合わせをします。今日の僕のありのままの姿をしっかりと厳しい目で見てください。」

ふろむださんの「人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決っている」は恐らく世界初の応用行動経済学本である

今年ダントツ一位に面白かった本を紹介しよう。

ふろむださんの、人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決っている、だ。

人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている

この本の特徴を一言で言い表すと、実際の生活に応用できる行動経済学本だ。この種の本は、恐らく世界初である。

行動経済学というのは比較的新しい学問で、簡単に言うと人はなぜ合理的ではない立ち振舞いをしばしば行ってしまうのかについてを分析した学問だ。

例えば、ネットでしばしば話題になる画像として、採用試験に容姿が関係するかというものがある。

とあるTV番組では、これを実際に検討してみたところ、ほぼ全ての企業で美男美女が圧倒的に評価された。

採用試験なのだから、本来ならば仕事上の能力(学力等)が評価されるべきはずだ。

それなのに、このように結果が著しく容姿が整った人に偏ってしまうという事は、やっぱり容姿の美しさが人間の認知に作用したと考えるのが妥当だろう。

これは非常に有名な話で、実際いろいろな海外の有名大学のMBAなどでも教えられる。

けど、非常に興味深い事にこれを学生に教えると、学生は決まってこういうのだという。

「一般的にはそういう傾向があるのは事実かもしれない。けど、自分は優秀だから、こんな子供騙しみたいな手には引っかかりません。」

子ども3人を育てるとか無理ゲー

人口を増やそうと思ったら、単純に言って子どもは3人育てないといけない。

2人だとイーブンだし、1人だとマイナスだ。

しかしだね、この時代に3人を育てるなんて無理ゲーすぎない?

大学まで行かせて、22年間で1500万円かかる。

3人だと4500万円。

旦那の稼ぎが400万円だとする。

単純に22年かけると8800万円の収入になる。

8800万円―4500万円=4300万円

4300万円で22年間を5人で生活すると年間辺り約195万円で生活することになる。

月にして16万円の生活費なわけだ。

2人以上の勤労者世帯の月の生活費の平均を引っ張ってくると約31万円とある。

一番低い沖縄でも20万円だから、4万円ほど足りない。

言い換えれば、平均年収の400万円で子ども3人を育てようとするとバーストする。

400万円以上を稼ぐ男でなければ、女性は否応がなしに働かなくてはならない。

しかも3人の子どもの子育てをしながらね。

これで消費税が10%になったら確実に死ねる。

地獄かよ。

人口を増やそうと思えば、3人以上の子どもを育てなければならない。

しかし平均給与の400万円前後では不可能に近い。

戸建ての家も諦めないといけないだろうし、バカンスなんてのも夢のまた夢だ。

何のために生きてんだろうね。

日本詰んでない?